2018年01月28日
体調快復
本日は朝5時から、火まつり交流館におります。
守山のボーイスカウトさんたちが、昨日の夜ここに集合し、一晩中歩いてまたここに戻ってくる「夜間ハイキング」という年に1度のイベントを実施されているのです。交流館には保護者さんが当番で泊まり込んでおられます。調べると200名もメンバーがいるようでなかなか活発な活動をされています。
1月13日は「勝部の火まつり」でした。
勝部(浮気は違うルールです)ではフンドシ姿は34歳で卒業。
卒業したら35歳からしばらくは「世話方」といって法被を着て、ヘルメットを被り、まつりが安全に滞りなく執り行われるよう、お手伝いをします。
立場上、まつりを最前線で見ることができますが、正直つまらないです笑
やはり「まつり」は見るものでなく、参加するもの。つくづく感じます。
その寒さもあってか、まつり前日あたりから体調不良だったのがまつりの次の日にはピークに。
38度後半の熱が出て(普段あまり高熱が出ないこともあって)自分自身倒れるんじゃないかという辛さでした。
まつりの次の日は関わった全員を慰労する「慰労会」約70〜80名の宴会を火まつり交流館飲食事業部として受けていたこともあり、料理長以外の配膳スタッフを入れることをしていなかったので(原価ギリギリでお受けしていたので)私が休むわけにもいかず、解熱剤を飲んでマスクをして参加。
ほとんど飲んでいないですが、正直あまり記憶がありません。
そこから1週間休みたくても休めず、ごまかしながら勤務していたのですが、木金あたりになっても熱が下がらないので、まさかとは思いつつ、内科へ。風邪で初めて病院へ行きました。
無事インフルエンザ検査は陰性で安心し、薬をもらってようやく完治しました。
風邪でこんなに長時間苦しんだのは生まれて初めてなので、やはり加齢による衰えなのでしょう。
さて、昨年末に長崎大の女子大生がみらいもりやまについて学びたいと、わざわざ自費で泊まりがけできてくれました。
この会社に入って9年間、たくさんの学生さんが勉強したいって尋ねて来られましたが、今回の彼女の事前のまちづくり会社についての下調べのレベル桁違いでした。こんな方に業界に入ってきて欲しいですが、既に大手生命保険会社に就職が決まっているとのこと。それなのにそれだけ学んでこられたことにまた感激。
守山の後は、長浜に行って業界の大先輩である吉井さんのお話を聞いて戻られたんですが、彼女が戻ってからくれた文章が本質を捉えていて感動しました。
このブログで紹介させて欲しいって言ったら快諾してくれたので、この業界で悩んでいる方、またこれからこの業界を目指している方なんかに届けばいいな、と引用させていただきます。
これまで、まちづくり会社を一組織として捉えて、私企業と比較しながら、まちづくり会社として成功するための要因を探ってきましたが、そもそもまちづくり会社を一組織としてみなすことの方が無理がある気がしてきました。たとえば、企業であれば自身の会社の繁栄が評価されますが、まちづくり会社は対外的に地域の繁栄を成し遂げていると見なされた段階で評価されます。
地域を高い視座から俯瞰的に見て、その地域が必要とするものや足りない機能を補完し続けた結果、その地域にとってなくてはならない存在になったとき(まちづくり会社がないと地域が円滑に回らなくなった時)、はじめてまちづくり会社としての成功(存在意義)を意味するのかなと考えました。
まちづくり会社は一組織でありながら、もっと大きいスケールで見なすべきなのかなと。
長浜市や守山市のまちづくり会社も、地域にとってなくてはならない存在であるからこそ、対外的に注目を浴びているのかなと。と考えると、本当に地域が自立することを考えると、石上さんのおっしゃってたように、本来まちづくり会社は存在する必要があるのかという議論になってしまうのですが。
話が錯乱してしまいましたが、まちづくり会社が地域にとってなくてはならない存在になったとき、それがまちづくり会社の存在意義であり、まちづくり会社として前例のないような新たな事業を手掛けることではなく、行政や市民をどう盛り立てていくかがまちづくり会社の本来の役目であるような気がしました。(縁の下の力持ちのような)
原文ママ
守山のボーイスカウトさんたちが、昨日の夜ここに集合し、一晩中歩いてまたここに戻ってくる「夜間ハイキング」という年に1度のイベントを実施されているのです。交流館には保護者さんが当番で泊まり込んでおられます。調べると200名もメンバーがいるようでなかなか活発な活動をされています。
1月13日は「勝部の火まつり」でした。
勝部(浮気は違うルールです)ではフンドシ姿は34歳で卒業。
卒業したら35歳からしばらくは「世話方」といって法被を着て、ヘルメットを被り、まつりが安全に滞りなく執り行われるよう、お手伝いをします。
立場上、まつりを最前線で見ることができますが、正直つまらないです笑
やはり「まつり」は見るものでなく、参加するもの。つくづく感じます。
その寒さもあってか、まつり前日あたりから体調不良だったのがまつりの次の日にはピークに。
38度後半の熱が出て(普段あまり高熱が出ないこともあって)自分自身倒れるんじゃないかという辛さでした。
まつりの次の日は関わった全員を慰労する「慰労会」約70〜80名の宴会を火まつり交流館飲食事業部として受けていたこともあり、料理長以外の配膳スタッフを入れることをしていなかったので(原価ギリギリでお受けしていたので)私が休むわけにもいかず、解熱剤を飲んでマスクをして参加。
ほとんど飲んでいないですが、正直あまり記憶がありません。
そこから1週間休みたくても休めず、ごまかしながら勤務していたのですが、木金あたりになっても熱が下がらないので、まさかとは思いつつ、内科へ。風邪で初めて病院へ行きました。
無事インフルエンザ検査は陰性で安心し、薬をもらってようやく完治しました。
風邪でこんなに長時間苦しんだのは生まれて初めてなので、やはり加齢による衰えなのでしょう。
さて、昨年末に長崎大の女子大生がみらいもりやまについて学びたいと、わざわざ自費で泊まりがけできてくれました。
この会社に入って9年間、たくさんの学生さんが勉強したいって尋ねて来られましたが、今回の彼女の事前のまちづくり会社についての下調べのレベル桁違いでした。こんな方に業界に入ってきて欲しいですが、既に大手生命保険会社に就職が決まっているとのこと。それなのにそれだけ学んでこられたことにまた感激。
守山の後は、長浜に行って業界の大先輩である吉井さんのお話を聞いて戻られたんですが、彼女が戻ってからくれた文章が本質を捉えていて感動しました。
このブログで紹介させて欲しいって言ったら快諾してくれたので、この業界で悩んでいる方、またこれからこの業界を目指している方なんかに届けばいいな、と引用させていただきます。
これまで、まちづくり会社を一組織として捉えて、私企業と比較しながら、まちづくり会社として成功するための要因を探ってきましたが、そもそもまちづくり会社を一組織としてみなすことの方が無理がある気がしてきました。たとえば、企業であれば自身の会社の繁栄が評価されますが、まちづくり会社は対外的に地域の繁栄を成し遂げていると見なされた段階で評価されます。
地域を高い視座から俯瞰的に見て、その地域が必要とするものや足りない機能を補完し続けた結果、その地域にとってなくてはならない存在になったとき(まちづくり会社がないと地域が円滑に回らなくなった時)、はじめてまちづくり会社としての成功(存在意義)を意味するのかなと考えました。
まちづくり会社は一組織でありながら、もっと大きいスケールで見なすべきなのかなと。
長浜市や守山市のまちづくり会社も、地域にとってなくてはならない存在であるからこそ、対外的に注目を浴びているのかなと。と考えると、本当に地域が自立することを考えると、石上さんのおっしゃってたように、本来まちづくり会社は存在する必要があるのかという議論になってしまうのですが。
話が錯乱してしまいましたが、まちづくり会社が地域にとってなくてはならない存在になったとき、それがまちづくり会社の存在意義であり、まちづくり会社として前例のないような新たな事業を手掛けることではなく、行政や市民をどう盛り立てていくかがまちづくり会社の本来の役目であるような気がしました。(縁の下の力持ちのような)
原文ママ
Posted by みらいもりやま21 at 06:29│Comments(0)
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